【 由美と美弥子  Mikiko 】





  第二十五話


 3年前の春。美弥子が、北陸の私立女子高に入学して間もない頃だった。美弥子はその容貌から、新しい環境のもとでは必ず注目を浴びた。

 しばらくは好奇の目に耐えながら、周囲が時間と共に自分に慣れてくれるのを待つしかなかった。

 女子高に入学したその頃も、幾度目かの試練の時を過ごしていた。休み時間など、美弥子を見るために、ほかのクラスの生徒や上級生までもが教室を覗きに来た。

 美弥子はストレスから、重い便秘に苦しむようになっていた。何しろトイレにまで付いて来る生徒がいるので、催しそうになったとしても、学校のトイレで排便することなどできなかった。やがて、スカートのフックが苦しくなった。もう限界だった。

 ある日の昼休み、美弥子は思いあまって保健室を訪ねた。保健室の主である養護教諭は、黒縁の眼鏡を掛け常に白衣を着た、小柄な女性だった。

 この女教師は保健の授業も受け持っていたので、保健室に初めて入る美弥子も顔を知っていた。

 無造作に束ねた黒髪に、化粧気の無い肌。面が貼りついているような、表情に乏しい顔だった。

 口紅だけが、不釣り合いに赤かった。歳は、三十前後だろうか。

 女教師は美弥子を椅子に座らせると、その外見とは裏腹な優しい声で尋ねた。

「どうしました?」

 美弥子は、恥ずかしさも忘れて便秘の苦しみを訴えた。黙って聞いていた女教師は、美弥子の訴えが終わると静かに口を開いた。

「それは苦しかったわね。それじゃ、もうここで出しちゃいましょう」

 そう言って女教師が指差した先には、細長い扉があった。

 この保健室には、ベッドの傍らにトイレが備わっていたのだ。保健室の常連の生徒がこのトイレのことを話しているのを、美弥子も聞いたことがあった。

 ベッドの生徒が外にまで用足しに行かずに済むようにという配慮と、生徒の吐瀉物などを処理する用途から、設けられたトイレだそうだ。

 トイレの扉に目をやりながら、美弥子は女教師の言葉に困惑していた。そんなに簡単に出ないから、こうして苦しんでいるのではないか。戸惑う美弥子を涼しい顔で見ながら、女教師はこう告げた。

「お浣腸しましょう」




  第二十六話


 思いもかけなかった言葉に、美弥子はうろたえた。ここを訪ねたのは、効力のある便秘薬でも貰えたらと思っていたからだった。

「どうしたの? お浣腸は初めて?」

「先生、あの、飲むお薬を頂けませんか?」

「あなたくらいの重症になると、飲み薬じゃ、おそらく出ないでしょうね。薬を飲んで出ないと、苦しむだけよ」

「でも……。お家で飲んでみます」

「それでも出なかったら?明日また、そんなお腹抱えて学校に来なきゃならないのよ。大室さん。あなた、もう我慢できないから、ここに来たんでしょう?」

 その言葉に美弥子は俯いた。女教師の言うとおりだった。確かに、もう我慢できなかった。

 でも、浣腸なんて。返答に困った美弥子は、傍らのトイレに再び目を留
めた。

「あの、先生。ここでお薬を飲ませてもらって、ベッドで休ませてもらうわけにはいかないでしょうか?おトイレの側にいれば、きっと出そうになると思うんです」

「それで放課後までに出なかったら?学校に泊まり込むわけにはいかないでしょ。そしたら、大室さん。あなた、下剤を飲んだまま帰らなくちゃならないのよ。もし、下校途中で効いてきたらどうするの?」

 美弥子は再び俯いた。

 美弥子の家までは、電車とバスを乗り継いで小一時間はかかる。それでも電車に乗っている間なら、なんとかなる。駅ごとにトイレがあるから、一駅だけ我慢すればいい。

 しかし、バスに乗ってから催してきたら絶望的だった。

 美弥子は、車窓から見える風景を思い出していた。美弥子が乗るのは住宅街を巡る路線で、どこで降りても公衆トイレなど無い。

 かといって、見ず知らずの家のトイレを借りるなどということが、自分に出来るとは思えなかった。小さな敷地の建売住宅が連なる街では、身を隠す場所とて無いだろう。

 美弥子は、衆人環視の中で大便を漏らす自分を想像し、大きくかぶりを振った。



 つづく

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